Saturday, 10 August 2013

目に見えないものに思いを馳せる


今日は、心理療法におけるユング心理学の考え方を少しご紹介するとともに、私がこのブログのタイトルとして、なぜ towards wholeness という言葉を選んだのかについて書きたいと思います。

坂村真民による以下の詩をご存知でしょうか。

 「ねがい」
  見えない根たちの
  ねがいがこもって
  あのような
  美しい花となるのだ

この詩はとても短いですが、人生におけるとても大切なメッセージが含まれているように思います。

私たちは普段、美しい花には簡単に目が行きますが、土の下にある根たちにはほとんど注意を向けることがありません。たまたま何かの拍子に根を目にする機会があったとしても、ほとんど意識をすることもありませんし、見るほどのものとは思っていませんから、土をかぶせて見えなくしてしまいます。

しかしながら、植物にとって、根はなければ生きてはいけないものです。根がしっかりと地面に根付いていることで、栄養や水を取り入れることができ、しっかりと立っていることができるのです。

とはいえ、私たちが根のことをもっと知りたいと思ったとしても、根は地下にあって、簡単に見ることはできない部分でもあります。根を見ようとして、無理に地面から抜いてしまったとしたら、根を傷めてしまいますし、へたをすれば植物自体が死んでしまうかもしれません。そう考えると、根は直接は知ることのかなわないものとも言えるでしょう。

坂村真民の詩によると、美しい花には、見えない根たちのねがいがこもっているのです。目には見えない「ねがい」というものが、目に見える部分である「花」を通じて世に示されているというのです。

つまり、植物の見えない部分である根について知ろうとするには、見る側は、想像力や創造力をはたらかせたり、根の気持ちになってみたりすることが必要になってきます。また、根に思いを馳せることは、すなわち、植物の、見える部分と見えない部分の両方を含めた全体を大事にすることにもつながるのです。

ひとつひとつの花は、たとえそれがどれほど似ているようであっても、違いがあり、それぞれの美しさがあります。
この詩に描かれている植物を、一人の人間としてとらえ直してみると、一人ひとりの人にはそれぞれユニークな存在としての美しさがあり、それを支える目には見えない部分があるのだ、と考えることができます。
目に見える部分も、目に見えない部分も、全体のバランスの中で大事にされるとき、その人は、もっともその人らしい生き方ができると思われます。

このような、個人をユニークな全体としてとらえる考え方は、ユング心理学の基本的な姿勢でもあります。
私がこのブログを towards wholeness (その人らしさへ向かって)と名づけたのは、この言葉が、ユング心理学の考え方をよく表していると同時に、私自身がそのような生き方をしたいと考えているからです。私は、人は世界とも、自分の心ともバランスのとれた生き方をすることができれば、安定して豊かな人生を歩めると思っています。